タンザニア旅行記
マサイ村でまさかの…。(by kyonaさん)
ケニアの南西部からタンザニア付近に居住し、家畜とともにアフリカの昔ながらの
暮らしぶりを続けるマサイ族の村を訪問しました。
村長の息子と名乗る男性に出迎えられ、入村にあたり、まず20US$を支払います。
赤い布をまとい、カラフルなビーズのアクセサリーで着飾った男女約30名が一列に並び、
独特のジャンプによる歓迎を受けました。
目の前のウルルンの世界に感激していると、男性陣による石や木の棒を使っての遊びや
火起こし棒で火を起こすところを実演しながら、英語での村の生活についての説明が始まります。
英語が話せるとは思っていなかったので、ちょっと驚き…。
そして、村長の息子さんの家に案内されました。
中に入ると薄暗くて、よく見えないけれど、奥さんと男の子がひとり。
間取りは土間に部屋が2つ。
1つは夫婦の寝室で、1つは子供部屋だそう。
土間の真ん中では大きな鍋で牛肉が煮込まれています。
ところどころに人間の顔ほどの穴がくり抜いてあるだけなので、家の中はかなり熱がこもった状態です。
次に学校(学校と言っても12畳ほどの教室が1つ)に案内されると
教室にはマサイの民族衣装を身にまとった先生1名に、
かわいい子供たちが約20名。
歓迎の意を込めて、A〜Zまでを軽快なリズムにのせて、唱えてくれました。
すると、どこからか音楽が聞こえてきます…?
「次は音楽に合わせて、お歌を歌ってくれるのかしら?でも、なんかこの音って…?まさかね。」
と思った次の瞬間、先生が話はじめたら、音楽も止まりました。
えっ?え〜〜〜っ!先生が携帯で話してますけど…。
マジですか?だって、ここマサイ村ですよね?
あなた、マサイ族の方でしょう?
火起こし棒で火を起こして、生活しているんですよね?
さっき、他の方が見せてくれたましたよ。
な、なのに携帯って…?ここ圏内なの?電波、届くの?
『マサイ族=携帯電話』の図式がどうしても
すぐにのみこめず、呆然と立ち尽くし、自問自答を繰り返す私。
こんな事を暴露して、これからケニアを訪れ、マサイ村を訪問しようとしている人、ゴメンなさい。
しかし、あまりに衝撃的な出来事に私の頭は真っ白に。
正直、ちょっと興ざめしてしまった瞬間でもありました。
やっぱり、観光用の村だったのか…。
キリマンジャロ山麓に広がる大平原“アンボセリ”(by kyonaさん)
ナイロビから南へ250?に位置する標高5,895mのアフリカ最高峰キリマンジャロ山麓の北側に広がる大平原がアンボセリ国立公園です。
キリマンジャロは、タンザニアに位置しますが、アンボセリから見る姿が最も美しいと言われ、宿泊先のホテル(オルトカイ・ロッジ)の敷地内からもその雄大な風景を望むことができました。
かつて、この辺では、ライオンとクロサイを多く見ることができたそうですが、密猟により、その数が激減し、代わりに周辺の開発を逃れてきたゾウを始めとする草食動物が多数、生息しています。
赤道直下でありながら、山頂に雪を抱くキリマンジャロは、雲に隠れてしまうことも多く、天候や時間帯によって、様々な表情を持ちますが、最も印象的だったのは、夕暮れ時です。
ゾウの群れが寝床に帰るところでしょうか。
キリマンジャロを背景に大きい象と大きい象の間に、子象が見守られるように入り、一列に並んで、力強く、ゆっくりと進んでいく様は、いつまでも眺めていたい風景でした。
だるえす イミグレはビザなしの方が早かった(⌒▽⌒)V(by ジェロニもさん)
年末をドバイからどこへ行こうか決めかねていて、リビア行きを検討していたのですが、10日前に入国日(ビザ)の関係で断念しました。時間も無かったのでタンザニアでゆっくり過ごすことに決めました。
タンザニアはとっても良かった♪
ドバイの乗継ぎで、1泊だけでイランへサイドトリップしてみました。こちらも1週間前でしたが、LCCのエアアラビアは余裕で予約できました。
タンザニアでもアライバルビザが取得ができるので空港で申請しました。
イミグレ前に黄色の入国カードがあり、それに記入してから右側のビザカウンターにいくと、係官に50ドルだよと言われました。
そこにはビザの申請用紙(と青い入国カード?)もありましたが必要ないようでした。
5分くらいでパスポートに入国スタンプを押されて返却されました。
しかし、なぜかビザがある方のイミグレには長蛇の列!
トロトロトロトロ・・・全然進んでません!
こっちはイミグレはスルーですいすい(笑)
これだからアフリカは面白い!
スワヒリの楽園 「ザンジバル」へ(by ジェロニもさん)
インド洋の宝石とも呼ばれる「ザンジバル」は
ペルシャ語で「黒人の海岸」という意味。
住民はアラブ人とバントゥー民族の混血が多く、住民の95%以上はムスリム(イスラム教徒)です。
本土ではキリスト教30%、イスラム教30%、その他40%。
8〜9世紀頃から、ペルシャ湾からイスラム教徒のペルシャ人(シラジ)が大勢移住してくる。シラジはイラン南西部のペルシャ帝国の古都。
1503年ポルトガルの保護下に置かれる。
1652年オマーン艦隊によってザンジバルを奪い返す。
1832年オマーンのスルタンのサイード・サイド王が王宮を建設し、首都をザンジバルへ移しザンジバル王国を建国。奴隷貿易を経営する。
1856年にサイード・サイド王が死ぬと後継者をめぐって内紛が続き、イギリスの介入で、サイド王の2人の息子がオマーン本土とザンジバルを分け合うことになり。
1861年にザンジバルはオマーンから独立する。
1895年からイギリスの保護領とされたが、20世紀半ばに入り、アフリカ各地で独立運動が盛んになる。(タンガニーカが1961年、ウガンダは1962年、ケニアは19641年独立)
1963年12月に独立し国連に加盟する。
選挙では、黒人が主体のアフロ・シラジ党(ASP)得票率では上回ったのに、アラブ人中心のザンジバル国民党(ZNP)が恣意的な選挙区割りで勝利しスルタンの下で国連に加盟。
しかし1ヶ月後、
黒人の不満は革命への道を進むようになる。
1964年1月11日の深夜、ASPリーダーのジョン・オケロ(ウガンダ出身の労働者)は若者たちを集めゲリラ組織を作り暴動を起こすと、スルタン王らはヨットで逃げあっけなく王国は崩壊する。1月18日ザンジバル人民共和国が誕生する。
ジョン・オケロは獄中にいた時に革命思想に触れカストロに心酔し、1961年から2年間キューバへで武装訓練を受けた。
この革命は、たった40人で警察署を襲撃、放送局に乗込み、
「18〜55歳までのアラブ人の男はすべて殺せ」「処女は強姦しないように」などの指示を出し、スルタンには「20分以内に家族全員を殺してから自殺しろ」と要求。
アラブ人らの商店は略奪にあい、5万人のアラブ人は3日で約12000人が殺され、20000人以上が逮捕され残りもほとんどが島から逃げ出した。
ザンジバル革命は、40人ではじめ、9時間で達成した、
「世界で最も少人数かつ短時間で成功した革命」といわれる。
一方、「インド洋のキューバ化」を恐れたアメリカは、この地域での強い影響力(イギリスに取って代わり)を持ちたいという願望も重なり、ザンジバルとタンガニーカを連動させ
革命から3ヵ月後
1964年4月26日タンガニーカとザンジバルが合邦した、
タンガニーカ・ザンジバル連合共和国を誕生させる 。
1964年10月29日タンザニア連合共和国へ改称
現在は
2000年の選挙では多少の衝突もあり、一時不安定な状態もあったようですが、落ち着いた状況のようです。
スワヒリの楽園 Fairmont Zanzibar (by ジェロニもさん)
海がきれいと評判のザンジバルの東海岸では、Matemwe(マテムウェ)に滞在。
東海岸は北の方が比較的高級で南の方にバジェットタイプが多いようです。
Fairmontのゲストはほぼ100%欧米人でした。
タンザニアはイエローカードは必要ありません。
この辺りで心配なのはマラリヤでしょうか?
でも現地に行ってみるとさほど気にしてないようです。
注意するとしたら、夜間の外出時は長そでと虫よけスプレーぐらいでしょうか。
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